インパクトマネジメント手法(Vol.1)

インパクトマネジメント手法とは

インパクト評価をはじめとするインパクトマネジメントのフレームワークや手法については、ロジックモデルやTheory of Change、Impact Weighted Accounts(IWA)などいくつかの手法が提言されつつあり、徐々に導入実例が出てくるなど浸透が進みつつある一方で、実務的な活用状況については手探りのものも多い状況です。一方で、こうした手法に関しては、遡れば1970年代より追加性の貨幣価値換算手法としての検討に端を発する非常に歴史の長いものです。

本シリーズでは、それら各手法について歴史的な系譜を紐解きつつ、どういった思想に基づき、何を目的として、どこに重きを置いた評価・マネジメント手法であるかを整理します。同時に、現状の企業経営・投資活動におけるインパクト活用における課題をあぶり出し、それらが各手法のどういった長所・短所に対応するかを、実務的な観点に照らして考察します。

インパクトマネジメント黎明期

まず初期の段階で登場するのが、フルコスト会計や費用便益分析と呼ばれる手法である。これらは、特に社会性が強かったり環境影響が問題になったりする事業や社会的活動の経済的価値・波及効果・社会的価値を、定量的に把握・横比較できるようにすることを企図した手法である。

フルコスト会計(Full Cost Accounting)

概要

フルコスト会計は、組織やプロジェクトの活動に関連するすべての費用を考慮して、その活動の実際のコストを定量的に評価する会計の手法である。従来の会計では直接費用のみが評価されることが一般的であったが、フルコスト会計では直接費用だけでなく、間接費用や隠れた費用(外部負担)も含めて総合的なコストを算出する。当時(70年代~90年代)における研究においては、Social-Economic Operating StatementやSocial Impact Statement、環境会計などの形で、社会・環境に対してもたらした便益(利益)とそのコスト(費用)についてまとめ、社会・環境における余剰を経済価値換算して評価するような取組が見受けられる。

他方で、これらの評価に関しては体系的な考え方を整理するまでは至っておらず、個別に各社がその事業や取組の意義を多面的に伝えるためのツールとしての意味合いが主であり、散発的な取組の集合的な側面が強い 。結果として、手法としては主にその評価範囲や方法論により相応のばらつき(場合によっては恣意性)のある評価となる可能性が存在する点が指摘されている 。

詳細資料・文献など

Bent, D., & Richardson, J. (2003). The Sigma Guidelines Toolkit–Sustainability Accounting Guide. Sigma Project, London.

Bebbington, J., Gray, R., Hibbitt, C., & Kirk, E. (2001). Full cost accounting: An agenda for action (No. 73, p. 172). London: Certified Accountants Educational Trust.

インパクトが企業価値等に与える影響に関する研究分析(金融庁「インパクト投資等に関する検討会」より)

費用便益分析(Cost-Benefit Analysis, CBA)

概要

費用便益分析は、プロジェクトや政策の意思決定において、投資された費用と得られる利益とのバランスを評価する手法である。具体的には、プロジェクトや政策の実施に要する費用(コスト)と、それによって生じる経済的な利益(便益)を比較して、その効果の妥当性を判断するもの で、フルコスト会計や社会的投資収益率(Social Return on Investment, SROI)の源流にあるものといえる。

フレームワークとしては、基本的な評価の流れを定義するものであるが、費用(コスト)と利益(便益)の具体的な計算方法やその類型が個別に定義されているわけではなく、評価対象に応じて評価者が設計を行うことが前提となっている (「評価方法の設計」そのものに当該プロセスが含まれている)。したがって、フレームワークや理論としての正確性まで踏み込んだ手法というよりも、評価項目やそのプロセスの形式化に比重が置かれた取組であるといえる。

詳細資料・文献など

Boardman AE, Greenberg DH, Vining AR, Weimer DL. (2011) Cost-benefit analysis. Concepts and practice. 4th ed. Boston: Prentice Hall.

塚本一郎・関正雄(2020)「インパクト評価と社会イノベーション」

インパクトマネジメント手法全体から見た位置付け

フルコスト会計や費用便益分析は、現在のインパクト会計などの枠組みに通ずる部分があり、規定の財務会計の枠組みでは捉え切れない非財務価値をポジティブ・ネガティブの両側面からフェアに評価し、企業の社会的責任という観点から適切な振る舞いができているのかを定量的に問う手法の源流と言える。

その活用方法や目的が多様であることから、評価観点や定量化方法にばらつき(恣意性)が生じているとの評価もあるが、基本的な考え方としては別途紹介するSROI(Social Return of Investment)や、インパクト加重会計と同じ方向性を示すものである。

A.インパクトの定量的評価を行うことにより、会計的取扱や定量的な横比較の可能性を企図B.社会的価値が創出される経路やその波及効果について関係性を可視化C.社会価値創出に関する実績評価に加え、そのプロセスや意思決定を管理・高度化D.社会的価値が創出される領域やその類型に関して網羅性・汎用性を担保
フルコスト会計
費用便益分析
ロジックモデル●(広義の場合)
Theory of Change
Social Return of Investment
インパクト加重会計
アウトカム・マッピング
5 Dimensions of Impact
インパクトレーダー

こうした手法の活用が今後進んでいくにあたり、特に恣意性の観点から問題になるのがネガティブインパクトに関する評価である。ネガティブインパクトについては2つの論点があると考えられる。

一つは、企業にとって、ポジティブインパクトは投資家やステークホルダーに対する開示のインセンティブが大きい一方、ネガティブインパクトはなかなか開示が難しい点である。カーボンなどの一部の領域においてはTCFDなどの規定の開示対応に則って開示が進むが、これはあくまでも事実の開示という側面が強くあくまでその良し悪しを評価するのは外部というニュアンスが強い。他方で、こうした定量的手法においてはその正負によりポジティブかネガティブかがより鮮明に見えるという点もあり、特にマイナスとなるような指標について開示するような動き方はなかなか難しいものと想定される。

もう一つは、ネガティブインパクトの網羅性である。一つ目の論点と重なる部分もあるが、ネガティブインパクトを開示しようにも「これで本当に全て開示できていると言えるのだろうか」という懸念が残るということである。この論点は本来的にはポジティブインパクトも同様なのだが、ネガティブインパクトの場合は特に開示が漏れた(と評価された)場合の印象や評価などに対して企業サイドがよりリスクを感じることもあり、認可された特定の枠組みを活用するなど網羅性について確実に担保された状態でないと開示が難しい側面が存在する。

こうした背景から、フルコスト会計などの定量的手法は以下のようなステップで今後活用が進んでいくものと想定される。

  • Step1:事業や取組のポテンシャルを示すためのポジティブインパクトの部分的な活用(すでに個別活用事例が存在)
  • Step2:個別事業・取組に関する主要なポジティブインパクトの定量的評価と重要なネガティブインパクト回避についての定性的評価(ESGへの対応でネガティブインパクトについては回避していると説明する企業・投資家もいる)
  • Step3:個別事業・取組に関する主要なポジティブ・ネガティブインパクトの定量的評価
  • Step4:企業全体のインパクトの定量的な評価

いずれにせよ、特定の事業や取組が持つ外部性を適切に評価しステークホルダーに説明していくことは今後間違いなく潮流として広がるはずである。現状はまだまだどういった内容から手をつけていくべきか不明瞭な点も多々存在することは事実であるが、徐々に試験的に先行事例が出てくることで、各企業におけるその活用方法や活用ステップに対しての理解が進み、より具体的な取組として広がりを持つようになるであろう。確かに「会計」と名称につくことでハードルが高まる側面もあるが、実際には上述のようなステップで段階的に活用が進んでいくことを念頭において頂きつつ、各企業には積極的な取組と活用を推奨したい。

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